脳の電源をオフにするな

朝の6時に家の電話が鳴る。最近重要な電話がよくかかってくるので、普段なら無視するところだが寝ぼけていたのもあって出てしまった。


「新聞の集金をお願いします」


電気が点いていたから起きているかと思ったとのこと。消し忘れることもあるし、もし起きていたとしても朝の6時はあまりにも非常識。

相手は知り合いのおばさんだから怒ったりはしなかったけど、これは怒鳴られても仕方ないレベルのそそう。


新聞はばあちゃんがとっていたもので最近は全く読まないし、元々TV番組欄のためだけにとっていたモノ。僕自身もひもで縛って捨てたりするのも面倒なので、これを機に止めた。一日経ったらゴミになるものが毎日配達され続ける、時代遅れの極地。


TVに対しても同じような考えを持っている。

ビデオデッキが発明された時点でTV番組はその役割を終えたと個人的には思っている。もし今後も存続するならば災害時の非常放送専用にすればいいと思う。ビデオ(HDレコーダーやDVD)に録ってでも観たい番組のみを観ればいいし、作り手もそういうものを作ればいい。食事時の親子間の会話の代わりや穴埋めのようなものならいらない。大して好きでもないがただなんとなく観ている、それが今のTVというもの。そしてそれにお金を払おうとは微塵も思っていない。無料だから見ている、本当は無料ではないのだが。

皆が健全ならば、カチャカチャとフォークやスプーンがお皿にあたる音のみがこだまする食卓も悪くない。欲を言えば良質な音楽が鳴っていれば会話などなくても非常に優雅だと思う。レストランに音楽こそ流れていてもTVがないことがそれを物語っている。

見つめ合うだけで幸せだった崇高なカップルもいつの間にか生活感にまみれてしまう。介入させてはいけない第三者を延々と介入させ続けた結果だと思う。TVの雑音は明らかに生活の質を下げる。


良質な番組もあると思うが、その時間にしか観られないという配信方法は完全に時代遅れ。本当に観たいモノを、観たい時に、観たいだけ観る。全ての番組をペイパービュー、オンデマンドにすればいい。

決まった時間にTVの前に座って観る、スポンサーのCMを強制的に見せられるという発想がもう古過ぎる。今は減ってきてると思うが一般家庭では朝起きた時と帰ってきた時とりあえずTVをつけるらしいが、全く持って意味不明の行動だ。実家やばあちゃんの部屋では朝から晩まで一日中ついているからTVがどれだけこの人たちの生活を崩壊させているかよくわかる。TVを観ながら他のことはできないし、出来たとしても能率は悪い。音楽を聴きながら車を運転できるが、TVを観ながらはできない。これはほとんどのことに当てはまるし、TVを観たい人は他のことをしたくないのだ。他の娯楽を探す気力すらない。こうやって元々怠惰な人の怠惰を更に助長する。


祖母、父、母を観察していると、自由時間はTVの前に座っているのが当たり前になっている。TVの世界の住人になってしまい、なかなかこちらの世界には帰ってこない。家事の能率は格段に落ちるし(しないし)、生きていくのに最低限必要なことすらしない。明らかに生活に悪影響が出ている。

これらの人々はとにかく脳の電源をオフにしている。意識的ではないにしろ本人が望んでそうしているのだからどうしようもない。

僕はTVを観ないし、スイッチすらつけない。そんな時間があれば音楽を聴きたいし、つぶすほどの時間もない。映画、アニメ、ネコ番組、お笑い等の映像コンテンツが必要ならばDVDを借りてきて観る。それで充分だ。


脳をオフにし続けている(物事を考えない)習慣が、回り回って電気が点いている=起きていると勘違いさせ、朝6時の集金にGOサインを出すようになってしまう。脳に電源を入れて、いつも神経を研ぎ澄ませて生きている人は、そういうことを絶対にしない。


早朝集金された次の日、

「昨日はすみませんでした」と使い古しの封筒にメモが書いてあり、中におつりが入れてあった。

この人にとってはその程度のことなのでしょう。汚名挽回のチャンスすら逃したね。

反省しているならせめて新品の封筒を使おうぜ、一言でいいからきちんとした紙に書こうぜ。


脳をオンにするとはそういうことだ。

いつになったら脳みそは目覚めるのだろうか。


ただ一つ経験として僕が言えることは、

朝起きてTVをつける習慣を止めたら、確実に脳みそは以前よりも動き出すということ。

たったそれだけで生活は激変する。